ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンド・ライヴ・アット・武道館'82
2026年 03月 21日
1982年8月下旬〜9月上旬にかけて、オーレックス・ジャズ・フェスティバルに参加する形で「ワード・オブ・マウス・ビッグ・バンド」としての来日公演を行い、各地で大成功をおさめた。この来日公演の模様は、後日NHK放送枠でオンエアされ、コンサート音源はライブ・アルバム『Twins I & II』などにも収められている。日本側からは東京ユニオンのメンバー数人がホーン・セクションとしてビッグ・バンドに参加していた。翌1983年5月21日と22日には、再び「ジャコ・パストリアス・バンド」として東京新宿厚生年金会館大ホールでの来日コンサートが行われ、小編成ながらジャコの健在ぶりをアピールした。ほぼ同じ編成でモントリオールでのジャズ・フェスティバルへも出演していて、その模様は『ライブ・イン・モントリオール』としてビデオ・テープ版とレーザー・ディスク版で発売され、後にDVD版でも再発売されライヴ映像として残されている。
その後から晩年にかけてのジャコは、彼の健康状態や、奇行や荒れた生活から来る悪評によりニューヨークのジャズ・クラブ等の多くから出入り禁止を受けるなど、業界から「干された」状況となって行く。しかし当時のニューヨーク以外ではこの事実は知られず、ギター誌の表紙にもなり、ジャコ自身も多くのレコード会社やプロデューサーへ電話を掛けるなどしカムバックを画策していた。小規模なギグ中心の音楽活動自体は続けており、マイク・スターンやハイラム・ブロック、ケンウッド・デナード等とのセッションを行っていた。
精神疾患と死に至るまで
キャリアの初期のジャコはドラッグとアルコールを完全に避けた生活を送っていたが、ウェザー・リポート在籍時よりこれらを使用するようになっていった。1982年にウェザー・リポートを脱退した頃からジャコの生活は荒れはじめ、コカインに溺れたり双極性障害 (躁鬱病)に悩まされた。これは二人目の妻イングリッドと離婚して以来、悪化したという。同年の来日コンサート・ツアー中にも奇行が目立つようになり、帰国後はマイケル・ブレッカーから勧められて精神病院へ入り、リチウムを処方された。
1986年の時点では彼の精神状態はさらに悪化し、アパートを追い出された後は路上生活を送っていた。この年の6月には前妻のイングリッドの助けを得て精神病院に再び入院するが、年末には再び路上生活に戻っている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジャコ・パストリアスはいわゆる破滅型の天才だ。天才にありがちな双極性障害で、晩年は路上生活をしており、泥酔状態でガードマンに絡んで投げ飛ばされ、植物人間になってしまった。精神病は気の毒だが、狂人と紙一重の状態ではなかったかと想像する。1982年の日本ライブはジャコ・パストリアスが最も輝いていたころで、この5年後に亡くなるとは想像できない。このフュージョン・ビッグバンドの演奏こそが一世一代の演奏だと思われる。フュージョンは個人的に決して好きなジャンルではないのだが、ジャンルを超えた圧倒的な説得力を持つ。
メンバーは70年代後半からの「クロスオーヴァー・ムーヴメント」から、やがて、フュージョン時代を築いてきた俊英ばかりが集まられているとのことである。
Jaco Pastorius Big Band :
Jaco Pastorius(bass),Don Alias(percussion),Randy Breker(trumpet),Peter Erskine(drum),Bobby Mintzer(sax),Othllo Molineaux(steel drum)
<With Special Guest>
Elmer Brown,Forrest Buchtel,Jon Faddis,Ron Tooley,Wayne Andre;trumpet
David Bargeron(tuba) Peter Graves(bass trombone/Co-Conductor),Bill Reichenbach(bass trombone)
Mario Cruz(sax,clarinet,flute) Randy Emerick(sax) Alex Foster(sax,clarinet,picoolo) Paul McCandless(sax,oboe,eng-hone) Peter Gordon(french-horn) Brad Warnaar(french-horn)
録音:NHK 1982年9月1日 東京、武道館
by yoshisugimoto
| 2026-03-21 08:06
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