『JFK』1991年
2024年 02月 26日
『JFK』(JFK)は1991年のアメリカ映画。ケネディ大統領暗殺事件の捜査に執念を燃やす地方検事ジム・ギャリソン(ケビン・コスナー)を中心に描いた現代史ミステリー。大統領暗殺をめぐる唯一の訴訟であるクレイ・ショー裁判(英語版)にいたる捜査を題材として描いている。
第64回アカデミー賞で撮影賞と編集賞を受賞した。
劇場公開版の時点で、上映時間3時間を超える大作だった。公開と同じ1991年、さらに長いディレクターズ・カット版(約206分)がビデオ発売された。
主として、リー・ハーヴェイ・オズワルド、CIA、マフィアや大物政治家がケネディ暗殺の犯人あるいは黒幕らしいとして語られるが、この映画は独自の説に基づいて展開されている。この独自の説の材料となるバッジ・マン説は1980年代に発表されていたものの、この映画により一躍知名度を高めた。(中略)
ショーの裁判は1969年に行われた。ギャリソンは裁判所に対し、「一発の銃弾説」の却下を提案し、ジョンソンを大統領の座に就かせることを目的として、3人の暗殺者が6発の発砲を行い、オズワルドをケネディとティピットの殺害の罪に陥れたというシナリオを提示した。ジョンソンが大統領になれば、彼はベトナム戦争を激化させ、防衛産業を儲けさせることが出来るからである。しかし、陪審は1時間足らずの審議の後、ショーに無罪判決を下した。この訴追は失敗に終わったが、ギャリソンはその決意に満ちたやり方により妻や子供たちの尊敬を勝ち取り、家族との関係を修復する。(以上Wikipedia)
3時間半弱の長い映画で、見るのはさすがに骨が折れた。歴史学習としては木を見ないで森を見ることが肝要だろう。映画の裁判で提示されたシナリオがその「森」のひとつの仮説だ。リンカーンの暗殺も単独犯の一面とその犯行を促した南北対立がある。リンカーンの場合、暗殺の本質は南北対立だった。
3時間半弱の長い映画で、見るのはさすがに骨が折れた。歴史学習としては木を見ないで森を見ることが肝要だろう。映画の裁判で提示されたシナリオがその「森」のひとつの仮説だ。リンカーンの暗殺も単独犯の一面とその犯行を促した南北対立がある。リンカーンの場合、暗殺の本質は南北対立だった。
ケネディの暗殺は、あれだけの狙撃がオズワルドの単独犯というのは無理があり、チームを組んで複数の狙撃手がいたと考えられる。真相は闇の中だが、組織的犯行と考えるのが自然だ。ケネディはピッグス湾でカストロを倒し損ね、南部黒人層の権利擁護に邁進、産軍複合体と石油マフィアの意向に抵抗した。CIA長官だったダレスはケネディに更迭されたが、CIAには院政を敷いてケネディに対抗した。マクロで捉えれば、反ケネディの産軍複合体勢力が末端でケネディ兄弟の暗殺を引き起こし、それが組織的にもみ消されたと考えておけばいいと思う。
by yoshisugimoto
| 2024-02-26 10:37
| 映画
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