アメイジング・トシコ・アキヨシ
2021年 07月 13日

穐吉敏子は当時24歳。ほんの小娘の年齢なのだが、早熟の天才ぶりで、バリバリとパウエル張りのバップピアノを弾いている。穐吉敏子というと苦労人・努力家・晩成型のイメージだが、早熟の天才という一面もあったわけだ。満州から引き揚げてきた人で、当時これという師匠もいなかったはず。ジャズ喫茶で粘ってレコードを何度もかけてもらっていた、という逸話を読んだことがある。
最後の4トラックは1957年のライブ。もともとは別アルバムとして出ていた(下)。曲名をアナウンスする穐吉敏子のはにかんだような声も入っており、あのおばさんもこんな初々しいころがあったのかと感慨深い。演奏はパウエルに酷似しており、達者でも二番煎じの感じが大いにある。若いころは売れずに苦労したのがうなずける。
演奏:穐吉敏子(P) ハーブ・エリス(G) レイ・ブラウン,ジーン・チェリコ(B) J.C.ハート,ジェイク・ハナ(DS)
01.恋とは何でしょう
02.風と共に去りぬ
03.幸せになりたい
04.トシコのブルース
05.シャドラック
06.ソリダード
07.スクォッティ・ルー
08.ローラ
09.ビトウィーン・ミー・アンド・マイセルフ
10.ブルース・フォー・トシコ
11.四月の思い出
いやあ 懐かしいアルバムですね 私が聴いていたのが1960年代 まだモノーラルレコードの時でしたよ
のちにステレオ盤が出ましたが・・・・なつかしいですね 昭和40年代新橋のジャズクラブに彼女の写真が飾ってありました
最初に生演奏聴いたのがスイングジャーナルオールスターズでした 猪俣のドラム 西条のサックスなど最高でした 渡辺が新人なので
中々演奏に参加できなかったときです 当時の旦那 チャーリー・マリアーノが心配で見に来ていましたね この時期たしか出産の後だったのかな 演奏は控えめでしたが・・・・懐かしいアルバムですね 久々に棚から出して聴いてみようかな
のちにステレオ盤が出ましたが・・・・なつかしいですね 昭和40年代新橋のジャズクラブに彼女の写真が飾ってありました
最初に生演奏聴いたのがスイングジャーナルオールスターズでした 猪俣のドラム 西条のサックスなど最高でした 渡辺が新人なので
中々演奏に参加できなかったときです 当時の旦那 チャーリー・マリアーノが心配で見に来ていましたね この時期たしか出産の後だったのかな 演奏は控えめでしたが・・・・懐かしいアルバムですね 久々に棚から出して聴いてみようかな
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そんなに昔からこの音源を聴いておられたとはさすがですね。小生などようやく最近です。
by yoshisugimoto
| 2021-07-13 09:31
| ジャズ
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Comments(2)