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by yoshisugimoto
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高貴な高音

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「高貴な高音」という言葉は、五味康祐氏が初めてタンノイのオートグラフを鳴らしたときの描写で、エッセイにそう書かれていた。その箇所を抜粋してみよう。オーディオ・シェアリングというサイトに原文がある。

「・・・なんといういい音だろう。なんとのびやかな低音だろう。高城氏設計のコンクリート・ホーンからワーフデールの砂箱型、タンノイの和製キャビネット型、テレフンケン、サバと、五指にあまる装置で私は聴いてきた。こんなにみずみずしく、高貴で、冷たすぎるほど高貴に透きとおった高音を私は聞いたことがない。・・・・」

初めて読んだときは文章だけで音が聴こえて来そうな感じがした。五味さんはLP時代の人で、真空管アンプの信奉者として有名だった。いかにオートグラフであっても、CDとソリッドステート・アンプで同じ音が出ただろうか。これは何とも言えない。

私がこの「高貴な高音」を初めて体験したのは、自宅でフルレンジを使っていたころ、他所でソナス・ファーベルのミニマを聴いたときである。シルキーな弦の音を聴いて、これこそ自分が求めている音だと思った。がさがさのフルレンジの高音とは比較にならない。その時はCDでソリッドステート・アンプだった。

CDの音はいかによいDACを使っても、どうも高貴な高音にはならず、きつさがつきまとう。とくにソリッドステートアンプで高級ケーブルを使った日には、そうなる感じがする。もし今そのミニマを聴いたら、どう思うだろうか。案外、大したことないや、と思うかもしれない。この間、我が家のオーディオ装置もそれなりに進化しているからだ。

生オケを聴いても、「高貴な高音」では決してない。先ごろも2階席最前列中央で聴いてきたが、むしろきつめのワイルドな音である。現状のシステムでは、きつい音は出ていないが、さりとて高貴な音でもない。生に近いたたずまいの音である。生の音を重視するなら、これで正解なのだ。

五味さんのいう高貴な高音とは、オーディオでつくりだすバーチャル・リアリティ、再生芸術なのではないかと思う。でも、そんな音が出たらしびれるだろう。昔聴いたミニマのイメージ、あれがどうしたら出るのかな~と長らく思ってきた。ところが今回、8Nのピンケーブルを隠し味でつかって、真空管バッファーアンプをかますと、偶然この「高貴な高音」らしき音がでたのである。8Nケーブルの高音は独得の軽さがあって、それに真空管がうまく効いたのだと思う。ふと昔の恋人に出会った気持ちに襲われた、と言ったら大げさだろうか。

とは言え、この「高貴な高音」はソースを選ぶ。きつめの録音には合わない。特定のソースの弦の再生だけが生以上にきれいというあだ花と言ったらいいだろうか。それでも時折、合ったソースを「高貴な高音」で再生して悦に入っている次第である。
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by yoshisugimoto | 2013-09-26 12:49 | オーディオ | Comments(0)